今週はジャンプがお休みです。
先週号が合併号だったもんで、次は来週だよ。
というわけで、別の話題でも。
ここの記事でも書いたのですがね。
まさかの動画で一期一会(どうせBLの話) | はいどうぞ、鬼太郎袋 (kitaroubukuro.com)
あたしはどうやら、「帰りたい」とか「(自分に語りかける感じの)帰ろう」みたいなワードにめっぽう弱いみたいなんですわ。
何か物語などの人物が切なかったり悲しかったりする感じで、悲壮感漂わせて「帰りたい」なんて言い出すと、涙腺が決壊する。
もう、ボロボロになる。
どうしてなんだろう。
あたしも帰りたいんだろうか。
どこに?家に?
でもねー。何かそれも違うんだよね。
だってさ、何でか知らんけど、家にいる時でさえ「帰りたい」って思う時があるんだもの。
家にもういるのに、帰りたいって何なんだよって話。
意味わかんねぇ。
ちょっと分析すると、あたしが「帰りたい」って思う時って、ネガティブというか暗黒面に落ちている時。
または、ぼんやりしてる時。特に、ぼんやりと自然と眺めている時。
たぶんだけど、あたしの中で「帰りたい」ってのは「召されたい」「消えたい」ってことなんだと思う。
絶対に「死にたい」ってことではない。
これだけは言える。
「死にたい」って思ってるわけじゃない。
何度かブログで書いたと思うけど、自分の存在が綺麗サッパリなくなることに大きな魅力を感じている。
独裁スイッチの誘惑が強すぎる。
どんなに叶えたい夢があったとしても、あたしは独裁スイッチを自分めがけて押してしまう自信がある。
そこまで強く惹かれてる割りに、絶対にそんなことは有り得ないとどこかでわかってるんじゃないかな。
だから、「帰りたい」ってワードに涙が出るのかもしれない。
激しく渇望してても、絶対に手に入らないってわかってる切なさなのかしら。
あたしが何らかの創作物で、登場人物の言い放つ「帰りたい」に涙を流すのはきっと、その人物が自分と同じような感情を持っていると思って、それに同情してるからなんだと思う。
たぶん。
でもって。
美しい自然風景っては、油断するとそんな感情を引き出すね。
きっと、雄大な自然ってのは、「ああ、自分ちっさいなァ」って思わせるから。
小さくなった自分がそのまま消えてしまえばいいのにって思うからなんだろうね。
綺麗な自然に溶けて消えてしまえば、自分が浄化されるとでも思ってるんだろうか。
最近は。
家にいる時間が長いせいか、前よりストレスを感じないせいか、「帰りたい」って思う事は少なくなった。
油断するとあぶないけど。
健全な精神ってのは、一体何なんだろうなァ。
難しいですなァ。
と、こんな感じで自己分析をしてみました。
何なんだ、この中二病全開の記事!
恥ずかしいね。
でも、戒めとして残しておこうね。
あたしは一体何を書いてるんだろう。
結論。
こんなバカみたいなこと考える暇があるなら、自分の事業でさっさと成功しろ!
この、はんかくさ女!!

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